旧町の紹介   

旧瀬高町の紹介   
■地勢
福岡県の南部、筑後平野の東端に位置し、東に九州山地に連なる清水山系を抱え、西は肥沃な沖積層の平坦地がひらけた小都市です。町の中央をJR鹿児島本線と国道209号が南北に縦断し、町を横断する国道443号と中央で交差します。また、町の東端を九州自動車道が縦断し、交通の要衝として発展してきた町です。
主な都市からの距離は、福岡市から約60km、久留米市から約20km、大牟田市から約15kmとなっています。

面積
37.73ku
距離
東西8.2km,南北7.2km
町の花
アヤメ・サザンカ
町の木
楠・木犀

■沿革
 明治22年の市制町村制の施行により2町6村が誕生し、明治34年上瀬高町・下瀬高町が合体合併し瀬高町が誕生しました。明治40年瀬高町・本郷村・小川村・川沿村・緑村の一部が合体合併。昭和31年瀬高町に東山村を編入し瀬高町が誕生しました。

■慣行
町民憲章
昭和45年11月22日制定
宣言(主なもの)
非核・恒久平和宣言
振替納税・青色申告宣言
暴力追放宣言の町
明るい選挙推進宣言の町
健康づくり推進宣言の町
交通安全宣言の町

町章
町章
シンボルマーク
瀬高シンボルマーク
瀬高01

旧山川町の紹介   
■地勢
山川町は福岡県の南端部に位置し、地勢地質は北西から標高50mまでの平坦部、50m〜100mまでの丘陵台地、100m以上の山間部からなり、東部が山間地で西へなだらかに傾斜しています。山地は、温州みかんの栽培に適し、平坦部は米麦作に適した農村地帯です。交通状態は、国道443号が町の西部を縦断し、鹿児島本線瀬高駅まで4kmの距離です。

面積
26.38ku
距離
東西3.1km,南北8.5km
町の花
花たちばな
町の木


■沿革
明治40年1月1日、万里小路村、富原村、竹海村及び緑村の一部が合併し山川村を設置しました。昭和34年4月10日山門郡山川村と三池郡高田町との境界変更に伴い、元の竹海村(大字竹飯、大字海津)が高田町へ分村。昭和44年4月1日新しき時代感覚と建設的意欲を高め、村勢の飛躍的発展を図る意味において、町制を実施し現在に至っています。

■慣行
町民憲章
なし
宣言(主なもの)
暴力追放宣言の町
非核恒久平和宣言の町
部落解放・人権擁護宣言の町
町章
町章
シンボルマーク
山川シンボルマーク
山川01

旧高田町の紹介   
■地勢
福岡県南部の筑後平野の南端に位置し、地形は東部の障子岳223.5mを最高峰とする三連の山並みが起伏し、それから北西部に傾斜した丘陵地帯を形成しています。北部と西部は平坦地帯となっており、南西の一部は水産資源に富む有明海と接しています。河川は、東部から北部にかけて飯江川、中央部に楠田川、西部に矢部川、南部には隈川が流れ、自然条件に恵まれた町土です。

面積
41.01ku
距離
東西11.4km,南北5.4km
町の花
すいせん
町の木
きんもくせい

■沿革
明治22年の市町村制により、岩田村、二川村、江浦村、飯江村、開村、竹海村の6か村が成立。明治40年竹海村は山川村の一部となり、昭和6年岩田村、二川村、江浦村の3か村が合併して高田村が成立しました。昭和17年高田村、飯江村、開村の3か村が合併して高田村となり、昭和33年高田村が町制施行して高田町が成立しました。昭和34年山川村竹海地区を編入し、昭和47年昭和開を加え、現在に至っています

■慣行
町民憲章
昭和56年10月20日制定
宣言(主なもの)
スポーツ振興の町宣言
部落解放・人権擁護町宣言
町章
町章
高田01