古賀誠さん 秘書広報課   
画像:古賀誠さん
氏名 古賀誠(こがまこと)
生年月日 昭和15年8月5日
■市議会同意日 平成27年12月4日
■顕彰日 平成28年3月18日

みやま市瀬高町生まれ。地元小中学校から福岡県立山門高等学校へ進まれ、日本大学を卒業後、参議院議員の秘書を務め、昭和55年に衆議院議員に初当選し、平成24年11月に勇退されるまで、実に連続10回の当選を果たし32年もの長きに亘り日本・世界を舞台に国政の中枢として活躍されました。

[衆議院議員としての功績]
氏が2歳の時、戦争未亡人となった、お母様の苦労される背中を見て、「政治が貧困を招いてはいけない、弱者に温かい支援を行うことこそ政治家の責務だ」と強く思い、幼心に政治家への夢を抱かれました。
初当選後、衆議院社会労働委員会委員として、戦後の復興を必死に支えてきた高齢者に、安心できる生活を届けられるような、介護・年金制度にしなければならないと考え、高齢者福祉や老人保健制度の充実に尽力されました。
その後、建設政務次官として、高速道路の整備・新幹線の延長をはじめとした、地方のインフラ整備に取り組まれました。
平成8年には、運輸大臣に就任され、国鉄清算事業団、整備新幹線の問題等の多くの難題の解決と、新しい運輸行政への道筋を見出すため尽力されました。
氏の運輸大臣在任中の、平成9年1月に発生し、海上に流出した重油が、福井県をはじめ、日本海沿岸の10府県におよんだ「ナホトカ号重油流出事故」においては、「ナホトカ号海難流出油災害対策本部長」として陣頭指揮にあたられ、被害を最小限に食い止めることに貢献されました。

[インフラ整備に関する功績]
有明海沿岸道路は福岡県から佐賀県鹿島市を結ぶ地域高規格道路です。この道路で大牟田市、みやま市、柳川市、大川市が結ばれたことにより、国道208号線の混雑緩和と交通安全が確保され、地域間の交流促進・地域の活性化・観光振興が進んでいます。平成29年度には、高速道路で直結するため、更なる地域の活性化が期待されています。
また、平成21年九州縦貫自動車道のみやま柳川インターチェンジが完成し、平成24年3月には、国道443号線バイパスが有明海沿岸道路徳益インターチェンジにつながり、人の流れが変わりました。また、そのバイパス沿いに平成23年3月「道の駅みやま」が開業し、連日多くの人で賑わっています。
これら全て、氏が都市と地方の格差をなくすべく、地方経済に活力を与える道路網の整備、社会資本整備に、故郷のため献身的に尽力された賜であります。
  
[日本遺族会会長としての功績]
氏は、日本遺族会長として、戦争孤児としての自らの体験をもとに、国会の場で、遺族年金・特別弔慰金等の増額をはじめ、戦没者遺族並びに戦傷病者に対しての戦後未処理と言われた問題解決に尽力されました。また、二度と戦争を繰り返すことのないよう、世界の恒久平和実現のため、戦争の悲惨さ残酷さ、平和の尊さを世界に向けて発信し続けておられます。

《主な経歴》
昭和55年 第36回衆議院議員総選挙初当選
昭和55年 衆議院社会労働委員会委員
昭和58年 第37回衆議院議員総選挙当選(2期目)
昭和59年 衆議院議院運営委員会理事
昭和61年 第38回衆議院議員総選挙当選(3期目)
昭和61年 衆議院石炭特別委員会理事
昭和61年 自由民主党国会対策委員会副委員長
昭和62年 建設政務次官
平成2年 第39回衆議院議員総選挙当選(4期目)
平成3年 衆議院建設常任委員会委員長
平成5年 第40回衆議院議員総選挙当選(5期目)
平成8年 第41回衆議院議員総選挙当選(6期目)
平成8年 運輸大臣
平成10年 自由民主党国会対策委員長
平成12年 第42回衆議院議員総選挙当選(7期目)
平成12年 自由民主党幹事長
平成13年 自由民主党道路調査会会長
平成14年 日本遺族会会長
平成15年 福岡県遺族連合会会長
平成15年 第43回衆議院議員総選挙当選(8期目)
平成17年 第44回衆議院議員総選挙当選(9期目)
平成21年 第45回衆議院議員総選挙当選(10期目)
平成27年 全国道路利用者会議会長

画像:贈呈式の様子
名誉市民贈呈式の様子
古賀誠さん(左)、西原市長(右)