国史跡女山神籠石保存活用計画を策定
更新日:2026年9月15日
女山神籠石(ぞやまこうごいし)は、令和3(2021)年の豪雨により大きな被害を受けました。
この災害を契機として、女山神籠石を適切に保存・活用するとともに、神籠石の価値を広く伝え次の世代へと継承していくことを目的として、令和8(2026)年3月に保存活用計画を策定しました。
女山神籠石とは
みやま市瀬高町に位置する女山神籠石は、7世紀半ごろに有明海をのぞむ古塚山(こづかやま)の南側中腹から西側山麓にかけて築造された古代山城(こだいさんじょう)と考えられています。
全長推定約2.9kmのうち、南側から西側にかけて列石が馬蹄状に約1.5km巡っています。
また、西斜面の谷部には、当初4つの水門が造られており、現在は粥餅谷(かゆもちたに)水門と長谷(ながたに)水門が当時の姿のまま現存しています。
古代山城とは
古代山城は、7世紀から8世紀における西日本の情勢を知るうえで極めて貴重な遺跡です。
文献史料に記録され、朝鮮半島の山城(さんじょう)の構造と類似性がみられるものを「朝鮮式山城(ちょうせんしきさんじょう)」、文献史料に記録がなく、切石(きりいし)や割石(わりいし)などの列石をもつものを「神籠石系山城(こうごいしけいさんじょう)」と言います。
神籠石系山城は、西日本を中心に16か所(福岡県内には8か所)しかありません。また女山神籠石は、最南に位置します。


PDFファイルをご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、左記の「Adobe Acrobat Reader」バナーをクリックして、リンク先から無料ダウンロードしてください。